みやぞんの貧乏な子供時代と数々の名言まとめ

一時期よりも露出は少なくなったものの、まだ多数のレギュラー番組を抱えてる芸人のみやぞんさん。しかし子供の頃はとても貧しかったそうです。そんな貧しかった子供時代の苦労話と深い発言の数々をまとめてみました。

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ANZEN漫才・みやぞん

プロフィール

みやぞん 本名・宮園大耕(みやぞのだいこう) 1985年4月25日東京都足立区出身、東京都立荒川商業高等学校卒業。

中学時代はテニス部に所属し、足立区大会で2位の成績をおさめました。高校では野球部に入部しエースで4番。入部したきっかけは、中学生のテニス部の練習場に入ってきた野球のボールを剛速球で投げ返した時。たまたま視察に来ていた高校の野球部の監督にスカウトされ進学とともに入部。ちなみに130 km/hを超える投球とキレのある変化球で野球専門誌でも注目されたらしいです。

ANZEN漫才結成

相方のあらぽん(本名・荒木裕)は共に足立区生まれで、みやぞんとは1歳の時からの幼馴染。子供の頃から一緒にお笑いのマネえおして遊んでいたそうです。その後、中学卒業後にコンビを組み、高校を卒業してすぐライブハウスでライブの合間にネタを披露していました。2009年11月プロとしてコンビ結成、浅井企画に所属しました。

相方のあらぽん

みやぞんの人柄はみなさんご存じの通りですが、相方のあらぽんも同じようにとても優しい人柄だそうです。中学校の卒業文集に書いた将来の夢は「みやぞんとお笑いコンビを組む」で、その夢を叶えたコンビは「ANZEN漫才」でした。

ある時あらぽんは、活躍している相方の姿をどう思う、と聞かれ

「みやぞんが出ている番組は全部録画してますね。ビデオ2台体制にして、ほぼ毎日可動していますよ。それを嫁と一緒に見たり。DVDもすげー量なんですよ」と。

さらに相方だけが売れている事に対して「妬み嫉み」は無さそうですね、の質問には

「普通なら僕もそうした感情があったと思うんですけどね。でも、みやぞんのフィールドで僕は戦えないのはわかっているので、その時点ですべて解決しちゃってるんですよ。これまで、昔からみやぞんのキャラをみんなに知ってほしいと思って、立ち回ってきましたけど、いまそれが実って「すごいな」って素直に尊敬していますよ」

そんな回答をされていました。

またあらぽんの人柄は、奥様のブログ「あらぽんちのよめぽん」で語られているエピソードでより深く知ることができます。18年付き合って結婚した奥様に「夫婦になれてよかったなーっと思えるのは、あらぽんだからだと思います」なんて言われるなんて奇跡に近い事ですよね。

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みやぞんの貧乏エピソード

両親の離婚

みやぞんの母親には二度の結婚と離婚歴があり、みやぞんの父親は既婚者だったので籍は入れず結婚もしませんでした。既に2回離婚していた母親は、スナックを経営し女手一つで子供たちを育てたそうです。家族構成は母親と姉4人、そしてみやぞんの6人家族です。

当時6畳一間の団地で6人は暮らしていたみやぞん。そんな実家について友人が取材に答えていた記事がこちら。

「みやぞんの実家は、かつて畑や廃品工場だらけで、掘っ立て小屋や古い木造建築が多かったエリアにあります。みやぞん一家の住まいは都営団地で、20年ほど前に建て替えて綺麗になりましたが、昔はおんぼろ。みやぞんは2年程前まで、この家から電車で仕事に通っていました(現代ビジネス)」

母親1人で4人の姉妹と赤ちゃんだったみやぞんを育てるのは、そうとう大変だったことでしょう。しかし6畳に6人は想像以上で驚きました。

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母の頑張りと愛情編

母親の名言

・「0点か~、大丈夫! 元気で楽しく生きてくれればそれだけでいいんだからね!」

みやぞんがテストで0点を取った時にお母さんが言った言葉です。

・「元気で丈夫に生まれてきたことだけでとても幸せなのに、子どもたちに何かを求めたりするのは違うと思いました」

子育てについてお母さんは叱ることや心配することではなく、子供を尊重した育て方をしたそうです。

・「命さえあればどうにかなる! なるようになる! と、楽天的な考えもあり、泣いて暮らしても貧乏、笑って暮らしても貧乏なら、いつも笑顔で笑って楽しく生きていったほうがいい!」

いつも笑っていたお母さんの一貫した考えだったそうです。

母親の愛情物語

・家に絵本がなかったので、桃太郎の絵本を手作りしていたお母さん。しかし出来上がったときガスも電気も止められていたため、ライターの明かりで自作の絵本を読み聞かせてくれました。お母さんの桃太郎にはネコやイルカも登場していて賑やかだったそうです。

・誕生日には山盛りのほうれん草のおひたしにローソクを立ててお祝いしてくれた。いつも少ないおかずなのにこの日は本当にたくさんのほうれん草だったそうです。

・お金がなさ過ぎた当時、カレーが食べたい子供たちに作ったのは具は大半がジャガイモで少しの玉ねぎ。当然肉はなし。しかもカレーのルーが1欠片しかなく、いつもシャバシャバだったそうです。でもみやぞんはこのカレーが大好きだったと話していました。

高校時代

野球部時代の貧乏エピソード

・野球をやっていたが、家にお金がなかったため野球に持っていくバッグが買えなかったみやぞん。どうしようと考えた時、自宅の近くの工場に麻袋みたいなのが沢山あったのでそれをバッグとして使っていたそう。そんなある日グラウンドに行ってみると、自分のバッグが土嚢と間違えられて重りとして使われていました。

・高校野球の試合の時の弁当が米と輪切りのトマトだけだった。

・せっかく入部したみやぞんでしたが、練習用のユニフォームやスパイクを買うお金がなかったそう。野球ができまいと困っていた時、母は自分の指輪を質に入れて工面し買うことができました。

みやぞんの幼少期のエピソードを見てきましたが、全て実話だそうです。貧乏の話も不幸感が全くないのはお母さんのおかげでしょう。お母さん、凄いですね。太陽みたいな人です。そんな母から愛情をたっぷり受けて育っていったみやぞん。彼の優しい人間性はこの家庭での生い立ちで育まれたのでしょう。

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みやぞんの名言と迷言

ここからはみやぞんが様々な場所で発言し共感や爆笑された言葉たちをご紹介!

短編の名言集

・練習で辛いとか苦しいとか感じるときは、それは神様がやり方が間違っていると教えてくれている

・一日最後の挨拶を朝と同じくらいのテンションで言えたら、その日は勝ち

・自分が生まれてきたこと、ここにいる事を改めて確認させてくれる誕生日は、感謝の日でもあるね

・どんな時も落ち込まないです。落ち込むとまわりに迷惑かけるので

・注意されたら「ありがとう、もっと良くなれる」と言葉にします。

・「人に誉めてもらうぞ」って思うより「人をたくさん誉めるんだぞー!今日は」って思ったら、何だか、そうね、スゥーっとしてきましたよ。

・どうにか明るく楽しく、「やるぞ、やるぞ、やるぞー!」と気持ちを入れることが大切です。

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長編の名(迷言)文章集

・トライアスロンに挑戦するための練習中に「みやぞんにとって自転車とは」という質問を受けると、みやぞんさんは「自転車とは…タイヤが2つ付いているもの」と答え、続いて

「牛乳って『牛のお乳』ですよ。『牛乳苦手』とか、『牛乳腹壊す』とか、『牛乳は実は栄養素がない』とかいいますけど、牛のお乳ですよ!(牛は)人に飲ませるために出してるわけじゃないんですよ。そこでつべこべいっちゃいけないんですよ。勝手に人の乳盗んでおいて」

「牛乳って…牛のおっぱい、牛の子どもに飲ませる物。それを勝手に盗んだ物っていうことです。だから、ありがたくいただけばいいんですよ。『ありがとう、ありがとう』って飲めばいいんですけど。それを『牛乳、マズイ。嫌い』って…そりゃ牛だって人間に飲ませるために頑張ったんじゃねぇんだって話ですよ!」

・ロケで6000段もの階段を登っていた時、カメラマンやスタッフに向けみやぞんさんは「頑張って」とエールを送っていました。そしてニコニコしながら

「幸せだなぁ、もっと登りたいな。まだまだ登れる幸せ!」と発言。さらに

「自分の機嫌は自分で取って。人に取ってもらおうとしない」と笑顔で続けました。

・映画のイベント中「カンフーとヨガが合体したらどうなるか、2人それぞれ身体を使って表現してください」とMCからお題が出されると、みやぞんはこのお題の趣旨がわからなく「それってつまり、暖房の27度と冷房の27度を表現する、みたいなこと?」と首をひねって答えていました。

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みやぞんの生い立ちと迷言:まとめ

みやぞんについて調べてみましたが、皆さんお読みいただいてありがとうございます。いかがでしたか?衝撃の幼少時代から太陽のようなお母さま、そしてそんな遺伝子を受け継いだみやぞんもまるで太陽みたいでした。ここで書ききれないくらい沢山のエピソードがあるので、また次の機会にご紹介したいと思います!

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