麒麟・田村はどうしてる?ホームレス中学生のその後と川島との不仲説!

麒麟の田村さんといえば「ホームレス中学生」で一躍時の人となってテレビで見ない日が無いほどの活躍をしていましたが、ここ最近、さっぱり話題に上がらないと心配の声もチラついています。なので今回は田村さんについて調べていきたいと思います!

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麒麟・田村裕

1979年9月3日大阪府吹田市出身。相方は川島明。

もともと裕福な家庭に生まれ、父・母・兄弟姉妹で不自由なく暮らしていましたが、小学5年生の時母親が直腸癌で他界。その後、仕事と家事を両立し3人の子供を面倒見るも、無理がたたって自身も初期の直腸癌になり会社を長期休職。その間に解雇になってしまいます。そのため借金をし万事休す。

中学2年の時に実家が差し押さえされ、父親に「こえからはおのおの頑張って生きてください。解散!」と告げられ一家離散。

兄や姉に迷惑をかけたくない、冒険してみたい、と近所の公園でホームレス生活をおくる事を選択をしました。ここから始まるエピソードが有名な「ホームレス中学生」です。

きっかけは楽屋トーク

自身のホームレス経験は面白いと思っていなかった田村さん。しかし楽屋でFUJIWARAの川西さんに話したところ「舞台でも話した方がいい」と言われたそうです。この時までの心境を田村さんは

「麒麟というコンビは相方の川島くんが目立てばいいと考えていたので、僕の話なんかしてもウケないだろうと思っていたんです。でも先輩からアドバイスをしてもらったので、1度、舞台で話してみたところ笑ってもらえたんです」

と話しています。

まさかの書籍化

試しにテレビで話してみたが、結果は大爆笑・大反響でした。

そのままネタにし続けていたら、様々な出版社からオファーが届きます。当初は事務所含め全員、田村さんに執筆なんて無理だろうと川島さんに代理を頼んだそう。しかし川島さんは「僕が書くのは違う」と断ってくれたことがきっかけで、自分で書く事になったんだとか。そして仕事の合間にコツコツと書いて何とか仕上げました。

初版8000部

麒麟としても人気があった当時、手売りで何とかなるか?と考えていた田村さん。

「当時、単独ライブをしたら満席になっていたので8000部なら手売りとかで売り切れるかな……と考えていたのですが、2万部に増えたと言われ、この出版社は正気かと思っていました(笑)」

販売直前の予期せぬ増刷に驚きすぎて笑ってしまったそうですが、結果は220万部。出版社の読みの方が正しかったようですね。

莫大な印税

自伝本の大ヒットで巨額のお金を手にして田村さんの人生は大きく変わりました。

もともと貧乏に慣れ切っていたので、印税として2億円を手にした田村さんはそれがストレスようです。

会う人会う人にお金の話をされたり分譲マンションのパンフレットが届く毎日。カルチャースクールの勧誘、訳の分からない団体からの募金や寄付の催促で嫌になってしまい

「お金があるからいけないんだと、父親に家を買ってあげたり、これまでお世話になった人に恩返ししたりして使い切りました」と田村さん。

また、印税で吹田市の児童養護施設の子どもたちにオモチャをプレゼントしたり、母校の後輩で心臓病になってしまった子に寄付したそうです。

お金は怖い

田村さんは知り合いや友達からも借金をお願いされました。貸してしまった人達の大半は返済されずに縁が切れてしまったそう。その中には同級生もいて、田村さんは貸して遠ざかっていった現実に❞友達同士の金の貸し借りはダメ❞に意味を身をもって知ったそうです。

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麒麟・不仲説

コンビなのに川島さんしか出ていないのは不仲だから、そういわれている麒麟ですが真相はどうなのでしょうか?

結成は田村がきっかけ

「コンビ組む気あるんやったら、組んだってもええで」

NSC時代にこう言って誘ったのは田村さんでした。当時の川島さんは自身が無くて引っ込み思案で、いきなりこんな事を言う田村さんに“この人はすごい人なんだ! とんでもなく自信を持ってる人なんだな”と驚いたそうです。

しかし予想と反して田村さんはポンコツでびっくりしたと、川島さんは当時を語っていました。

コンビ仲は悪かった

実際、昔はコンビ仲が悪かったそうです。と言っても、売れている川島さんに田村さんが勝手に嫉妬して避けていたのが原因でした。そのため一切話をすることもなく、連絡もまったく取らずで何年もたっていました。

そして近年、田村さんの吉本退社という噂が出た時に川島さんから連絡をしたそうです。この事がきっかけで最近はたまに親交を続けています。

解散の危機

実際、解散の危機は2回あったそう。川島さんがゲスト出演したトーク番組「おしゃれクリップ」でVTR出演した田村さんがこう明かしています。

「ネタ合わせで呼ばれて、ネタ帳も出てない、ペンも出てない状態で……。何にも話せんまま、7時間ぐらい重い空気だけが立ち込めてて、“今日、終わろうか”って言われたことが2回あるんですよ。僕も途中から、これはもう言われるなと思いながら」

このVTRに川島さんも「ホンマに解散って言おうって決めてました」と告白。

しかしこの日の前夜に田村さんから「多分俺じゃあかんよな。お前の才能を活かしきれへんかもしれんから、解散なら解散って言ってな」と電話がかかってきていて「それ言われたら、“そんなことないよ!”ってなるじゃないですか」と過去の解散危機を乗り切ったと笑っていました。

相方への気持ち

また、番組の中でそれぞれに思うことを聞かれ、川島さんは

「仲悪いとか良いとかの仲じゃないです。兄弟みたいなものなんで」

「最初に田村が声をかけてくれなかったら、多分漫才もやってないし、ずっと一人でネタやって、全然ダメだったと思います。ホンマにずっと暗い感じやったのに、よくこんな人間をスカウトしたなって」

「どこに行っても田村が、“コイツおもろいんですよ”って。スタッフさんに言ってくれて、連れて行ってくれたんで、今がある」と真剣に話し、田村さんは川島さんに対して

「世の中で一番性格を分かり合えてる人」

「僕、今死んでも、楽しい人生だったなって思うんですよ。ここに連れてきてくれたのは川島なんで、それはもう感謝しかないですね」と思いを伝えていました。

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田村さんの現在

最後は「干された」との噂について。

大阪在住

実は数年前から田村さんは住まいを地元の大阪に移しています。

方や川島さんは関東在住なので、コンビの活躍が減ってしまうのも納得です。今も田村さんは関西のローカル番組には出演しているそうで、「相方の川島は今頃ラビットですわ」などど自虐ネタでウケているそうです。

大のバスケ好き

アメトーーク!のNBA大好き芸人にも出てしまうほどのバスケ好きな田村さん。

現在はほぼバスケ関連の仕事をしているそうです。

・「オトバス バスケ芸人田村裕プロデュース 大人のバスケ」というバスケットスクールを5社経営

・バスケのYouTubeチャンネル運営

・プロの3x3チーム「TOKYO DIME」は田村さん、大西ライオンさん、現役プロバスケ選手の岡田優介さんの3人で共同オーナーで、オリンピック出場を目指しています。

バスケが好きになったきっかけは2度。1度目は貧乏だった中学背の頃、大学生だった兄がバイト代を貯めてマイケル・ジョーダンのTシャツを2枚プレゼントしてくれました。

高校時代、部活よりバイトしようとした田村さんに兄は「家のことは俺がなんとかするから、バスケだけは3年間続けてくれ」と言ってくれたおかげで、田村さんはずっとバスケができたんです。

2度目は本が売れた後に理不尽な罵声・やっかみを受けて心が沈み、金があるから悪い、とすべて使ってしまい露室も減っていった頃、時間がある限りひたすらバスケの試合を見ていたそう。

その時の

「たとえ仕事にならなくても僕はバスケがよかった。元がアホなんで、興味ないことはできない。もう腹くくって『バスケと心中しよう』と思いました」

そんな感情に動かされ今に至るそうです。

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麒麟・村田裕は楽しく頑張っている

引退や不仲の噂が出ていた麒麟の田村さんを調べてみましたがいかがでしたか?

結果は引退していないし、川島さんとは不仲を乗り越えて良い関係でした。

いつか田村さんのチームがオリンピックで活躍する姿を見てみたいですね!

最後までお付き合いくださってありがとうございました!

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